2007年06月06日

揺れる年金問題

テレビ年金問題が騒がれていますね。
一体どうなっているんでしょうね。社会保険庁の実態が分かれば分かるほど、呆れ返ってしまいます。
私たちに直接関わってくる年金問題なのですが、どうも国民置き去りで、政党の相手批判の材料に使われている気がしてなりません。

そもそも年金制度自体が、もう崩壊しているのではないかとすら思ってしまいます。
私たちが老後を迎える頃には、支払った年金は戻ってこないのではないでしょうか。
もしくは年金を支給されるのに、とんでもない高いハードルが用意されている気がします。

最近の年金問題にからむ政党や政治家の反応を見ていても、本当に国民のことを思っているのか?と問いただしたくなります。
結局は自分たちに直接関わらない「他人事」のような感覚なのではないでしょうか。
党首討論にしても、もっと白熱したやりとりがあってもいいのではないでしょうか。

政治家って選挙前だけ、一生懸命問題定義して「国民のために」とか「皆様のために」とか、散々きれい事言って選挙が終われば、何も無かったかのように何もしないのでしょうね。
いや、実際には本当に国民のため、県民のため、市民のために頑張っている政治家もいるとは思いますよ。
でも、大半が「何してるの?」って思うくらい、頑張り具合が見えてきません。

やっぱり「政治と金」なんでしょうね。
政治家として給料貰えなかったら、もしくは一般サラリーマンと同等の給料しか貰えなかったら。
それでも政治家として活動する人って、今の政治家の中でどれくらいいるんでしょうね。
そんな人が本当の政治家なんだと思うのですけどね。
国民と同じレベルの生活していなきゃ、国民の苦労や痛みなんて分からないですよ。
是非自分たちの給料を減額して、国民と同じ目線で政治活動をやってほしいものです。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:14| 奈良 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月28日

二つの訃報

今日は二つの訃報に驚いた一日でした。
まずはZARDのボーカルの坂井泉水さんが転落死したこと。
そして二つ目は松岡利勝農水相の自殺。

坂井さんの場合は転落死の事故と伝えられていますが、飛び降りた形跡もあり、警察では事故と自殺の両面で調べているようです。
松岡農水相は自殺と断定されたようですね。
毎回このような著名人や有名人の自殺が続くと(坂井さんの場合は分かりませんが)立て続けにまね事の自殺者が後を絶ちません。

つい最近も自殺サイトで知り合った男性二人が自殺をしています。
自殺は殺人の次に重い犯罪だと思います。自分の命だから自分の勝手ではありません。
生きたくても生きることが出来ない人が大勢いるのです。
辛い思いをしても、苦しい事があっても、精一杯生きている人が沢山います。

正直、松岡農水相の自殺はとても残念で仕方ありません。
いろいろと疑惑があって、逃げ場が無くなった感もあっただけに、「自殺して逃げた」と思われてしまいます。
どうして堂々と身の潔白をはらそうとしなかったのでしょうか。
それが出来ないのなら、正々堂々と「申し訳ございませんでした」と、謝罪して辞任すべきでした。
そして国民は一番それを望んでいました。

確かにマスコミの影響も大きいと思います。
いろいろと叩かれて、精神的にもまいっていたかも知れません。
しかし、それで自殺してはいけません。今後、マスコミが自粛するようになれば、また国会議員の不正が増えていきます。
マスコミの報道にも問題はあると思いますが、不正があればそれを追及し、問題があれば認めて責任を取る。それが国会議員の有り方ではないでしょうか。

命を懸けて国を動かして行かなくてはならない国家議員、しかも大臣がこのような形で命を落とすのは、政治にも教育にも悪影響を与えます。
自分の為ではなく、国民のために働いているという意識があるのなら、国会議員の皆さんは是非今回の件を「被害者」という意識で捉えないで下さい。
「マスコミや野党の異常な追及が自殺に追いやった」などと言う議員が出てくるかも知れません。

マスコミの報道も改善する必要がありますが、追及されても身の潔白を晴らせるくらいに、正々堂々とした国会議員になって下さい。
本当にクリーンな政治が出来なければ、この国は「美しい国」にはなれないと思います。
最後になりましたが、坂井泉水さんと松岡利勝さんの御冥福をお祈り申し上げます。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 22:40| 奈良 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

信じられないニュース

今日は午前中だけ、病院専属の保育士さんに娘を見てもらいました。
お陰で午前中は仕事に集中することができました。
お昼に病院へ行くと、娘の点滴が外されていました。
うまくいけば明日退院できるかも知れません。

入院の付添の間、どうしても時間潰しにテレビを見る事が多かったのですが、途中から大部屋に移ったため、テレビのボリュームも抑え気味で、何となく見ている感じです。
しかし、そんな中でも気になるニュースもあり、先日は同じ市内であった火事がニュースになっていてビックリしました。

ちょうどそのサイレンを病室で聞いていて、「あっ火事かな?」と思っていたので、まさかその火事がニュースで出てくるとはビックリでした。
大人5人が焼死した火事で、不可解な部分があったのでニュースになったのかも知れませんね。

しかし私がもっとビックリして、ショックを受けたのが子供を放置して餓死させた母親のニュースでした。
北海道の苫小牧で起きた事件ですが、3歳と1歳になる子供を家に残し、鍵をかけ自分は交際相手の家に行き、1ヶ月もの間放置していたというから驚きです。
最初から子供が死ねばいいと思って家を出たらしく、1歳の子供は餓死してしまいました。
でも、3歳の子供は冷蔵庫の中のマヨネーズやケチャップ、生の米粒、さらには生ゴミを食べて生き延びたようです。

3歳の子供が1ヶ月もの間、親に放置されながら、母親が戻ってきた時に抱きついてきたというのですから、子供と言うのは本当に親を信じきっているのだなと感じました。
しかしその母親は、二人とも死んでいると思っていたのに、長男が生きていてショックだったと話しているようです。
いったいこの母親は何なんでしょう?人間の面をした鬼でしょうか?
さらには3歳の長男が見ている目の前で、餓死した子供を段ボールに入れ、交際相手の家の近くに放置したというのですから、本当に信じられません。

親にとって子供って、自分の命に代えても守りたい者だと思うのですが、何故神様はこんな人間が親になることを許したのでしょうか?
自分がお腹を痛めて産んだ子供なのに、何故自分の子供を愛せないのでしょうか?
私たち夫婦も決して立派な親ではありませんが、少なくとも子供たちを愛し、何よりも子供の事が大事だと思っています。
それが普通だと思うのですが、こんな人間でも子供を産んで親になることが許せません。
世の中には子供が欲しくても欲しくても、どうしても願いが叶わない人も沢山いるのです。

この生き延びた3歳の子供が、1ヶ月間どんな思いで過ごしていたのだろう?と思うと、胸が張り裂けそうになります。
帰ってこない親を待ちわびながら、必死で食べ物を探し、餓死していく1歳の子供を見ながら、どんな思いで夜を過ごしたのだろう。
あまりに酷い仕打ちで、あまりにも過酷な経験です。
このままでは心に深い闇を持ったまま育ってしまうので、しっかり心のケアをしてあげてほしいと思います。

しかし日本人の心は一体どこへ行ってしまうのでしょう。
もう二度とこんな悲しいニュースは聞きたくありません。
家族が健康で、贅沢で無くても皆でテーブルを囲んで食事が出来る。
これが一番の幸せであると思います。
人それぞれ幸せの価値観は違いますが、家族が第一だと思うのですが、そんな考えも今の日本では無用になっているのでしょうか。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:58| 奈良 | Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月27日

アイドルの最後

現在謹慎中のモーニング娘。の加護亜依さんが、再度未成年者喫煙発覚で所属事務所を解雇されてしまいました。
なんででしょうね。やっぱり止められないのでしょうかね煙草って。
たった1本の煙草で、自分の人生を狂わせてしまったのですから、本当に残念なことです。

厳しい意見かも知れませんが、モーニング娘。も、一時期のような人気は無いと思うので、仮に復帰したとしても元の人気を取り戻す事は難しいでしょう。
このまま引退するのか、それとも本当に芸能活動をしたいのなら、自分の努力で力をつけて輝いていくしかありません。

私は昔からアイドルというものがあまり好きではありませんでした。
単に「可愛いから」というだけでもてはやされ、歌も下手、トークも下手、何も才能が無くても人気がある。
しかし、数年もすれば次のアイドルが出てきて、気がつけばブラウン管からも記憶からも消えている。
結局、ファッションと同じで、飽きたら捨てられる運命にあるのかも知れません。
そう考えると、アイドルという存在は儚いものなんだと思います。

本当に芸能界に入りたくて努力してきた人なら、自分の能力、自分の技量・器というものを分かっています。
そしてどの道を進みたいのか、また進むべきなのか、常に考えながら活動をしていると思います。
しかしアイドルにはそんなことを考える必要はありません。事務所の言われるままに仕事をして、人気が無くなったら消えていく運命です。
その中で力をつけて自分の道を見つけ、生き延びてきた人たちが今も頑張っている人たちです。

加護亜依さんがこれから先、どのような道を選ぶのか。
そのまま引退か、それとも頑張って自分で努力して活動するのか。
活動を続けるとなると、それはもうイバラの道だと思います。
しかし本当に好きなことなら、イバラの道も苦労ではありません。
これをバネに頑張れたなら、本当の芸能人になれるのではないでしょうか。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:12| 奈良 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

日本人になろう

ネットニュースで見かけた記事。
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「日本は安全な国」と感じている国民は半数近くに上り、2年前より微増していることが、内閣府の「治安に関する世論調査」で分かった。
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皆さんはどう思いますか?
そりゃ〜外国と比べれば、はるかに日本は安全な国だとは思います。
しかし、どう考えても治安は悪化の一途をたどっている気がするのですけどね。

私が子供の頃は、子供だけで一日中遊び回っていましたし、町中が家族みたいなものでした。
でも今、自分の子供が外に遊びに行ったりすると、「大丈夫かな」という不安がつきまといます。
現に学校からは「知らない人についていかない」「知らない人に声をかけられたら逃げる」などと、子供に危険を教え込むようなプリントが配られています。
不審者情報も時々あるようです。

私の住む田舎町でもそうなのですから、都会なんてもっとだと思います。
そんな状態で治安は回復しているとは、ちょっと信じ難いと思うのです。
確かに刑法犯件数は4年連続で減少しているらしいのですが、犯罪の性質も変わってきている気がします。
肉親や身内間での犯罪が急増していて、凶悪化している気がします。

子供たちに「知らない人に声をかけられたら逃げなさい」と教えなくてはいけない、そんな世の中でどこが治安回復なのでしょう?
それでも海外諸国と比べれば、まだ治安の良い国なのでしょうね。
しかし悪いところを見て「まだ良い方だ」と思うのではなく、「昔に比べてこんなに悪くなった」と、反省し直していくことが重要でしょう。

教育問題にしても少子化問題にしても、そしてこの治安にしても、日本はあまりにも本来の日本の考え方を捨ててきた気がします。
自由・効率・平等の名の元に、大切な日本人の心を捨ててきた気がするのです。

自由=勝って気まま。
効率=楽にする。
平等=尊敬の念の喪失。

自由は大切なことですが、それには責任も伴います。
子供や未成年に好き勝手させるのが自由ではありません。
効率化も間違った方向性のツケが、今経済界に押し寄せている気がします。
耐震偽装や不二家問題にしても、効率良くするのでは無く、いかに手を抜くかという考えのもとで起きた問題でしょう。
平等も何でもかんでも平等を訴えるのはどうかと思います。
男女平等と言われても、男性と女性は元々違うのです。
それに大人と子供、先生と生徒。それぞれ立場が違うのですから。

治安の話しからそれてしまいましたが、結局のところ日本人の心が失われてしまったために、治安も悪化した気がします。
それと地域社会の崩壊も大きな要因でしょうね。
私が子供の頃の、町全体が家族みたいな状態だと、その中で育つ子供は悪いことすると、親でなくても大人に叱り飛ばされました。
今そんなことしたら、逆に親が文句を言いかねない時代ですからね。

治安回復の鍵、それは日本人がいかに日本人になれるかでしょう。
私も育ってきた中で、どんどん日本人を捨ててきた世代だと思います。
日本人になれるよう、私も頑張らなくてはいけませんね。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:24| 奈良 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

美しい国の実現は政治から

日本の政治って大丈夫なのか?
最近の柳沢厚生労働相の「女性は産む機械」発言を見ていて思う。
そういう発言をした柳沢大臣もおかしいが、それを必要以上に責め立てる野党もおかしい。
少子化対策を真剣に考えているのであれば、「誰が何を言った」ではなくて「この事態をどうするか」に論争がいかなくてはいけません。

確かに柳沢大臣の発言は不適切だが、一番に問題にしなくてはならないのは、子供を産み育てる環境が、非常に良くないことである。
私も今まさに二人の子供を育てているところですが、どうしてもっと当事者達の気持ちを聞かないのだろう?って思います。

本当に国を挙げて、少子化対策をしようと言うのであれば、現在子育てをしている家庭、または結婚適齢期の男女、そして子供はいないが家庭を築ける環境にある夫婦。
全ての県で一斉にアンケートや意見収集を行って、今何を一番望んでいるのか、そして何が問題なのか、それをしっかりと聞き出してほしいです。
何か当事者達は蚊帳の外で、政治家だけで勝手に分かったつもりで話しをしているように思えて仕方ありません。
揚げ句にこの騒ぎです。「本当にいい加減にしてくれよ」って怒りたくなります。

日本の政治って本当に国民無視の政治ですね。
与党は守りに入り、それを責め立てる立場の野党は、単なる揚げ足取りに必死になって、全く中身は無い。
本当に日本の事を考え、本当に国民の為を思っている政党なんて無いのでしょうね。
「美しい国」と阿部さんは言いましたが、美しい国になるには、国民の心が美しくならなくはダメです。
そのためにも教育の見直しにメスを入れたのだと思いますが、自分たちの心にもメスを入れる必要を感じていないのでしょうね。

国を変える、国民を変えるには、まずは自分たちが変わらなければ、何も変わりません。
一家の大黒柱であるお父さんが、「家系が苦しいから皆おやつは禁止」と言いながら、自分は煙草をぷかぷかしていたら、家族は皆怒るでしょう。
野党は与党の批判をし、与党は野党の批判をするだけでは、国民はどこの党も指示しません。
本当に政治家そのものが「このままの政治ではいけない」と、真剣に取り組まなくては国民はついて行きません。
宮崎の東国原知事の例がそうだと思います。県民は「これまでと違う県政を」という思いで、選んだのだと思います。

日本の政治を変えるのも、私達国民なのだと思いますが、あまりにもその政治が情けなく思えてきた、今回の騒動です。
これじゃ無党派が増えるのも仕方ないですね。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:26| 奈良 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月30日

奈良で起きた土砂崩れ

奈良で土砂崩れに巻き込まれて、三人が死亡するという痛ましい事故が発生しました。
私は奈良でも北部のほうですので、この事故があった場所とは全く異なりますが、同じ奈良で起きた事故としてはやはりショックです。

残念なのが、この土砂崩れが起きた場所では、今月になって2回も土砂崩れが発生していたという事実。
対策として防護壁を作っていたようですが、今回の土砂崩れはそれを押しつぶすような大規模なものだったようです。

過去の土砂崩れから、もっと注意をしていれば防げた事故かもしれません。
全く予想だにしなかった場所で、突然土砂崩れが発生したのなら、防ぎようがありませんが、今回は2度にわたって土砂崩れが発生しています。
道路を管理している者であれば、また土砂崩れが発生するかもしれない。という懸念はあったのではないでしょうか。

報道によると、以前の土砂崩れの影響で、片側通行になっていたようです。
停止信号で信号待ちのところを、土砂崩れが直撃したようです。
もう少し手前で信号を設置していたら、おそらく助かっていたでしょう。
2度の土砂崩れから「もっと大きな土砂崩れがあるかも知れない」と予測して、ゆとりをもって片側通行をしていたら・・・と思うと残念でなりません。

しかしこの事故、もし誰も巻き込まれていなかったら・・・・たんなる土砂崩れで終わっていたかも知れません。
不幸にも土砂崩れで命を落とした方がいたから、大きく報道され、過去に土砂崩れが2度も発生している事実も浮き彫りになってきていると思います。
結局、大きな犠牲が出て初めて問題意識が問われる。これでは亡くなられた方々が、あまりにも気の毒です。

道路の安全性を守るのが、県の道路担当者の仕事です。
2度も土砂崩れが発生しているのですから、もっと注意を払って道路管理している必要があったのです。
犠牲者が出てから反省しても何の意味もありません。
もう二度とあってはならない事です。
最後に亡くなられた方々の、ご冥福をお祈り致します。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:57| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月20日

ハンドルも命も握っています

涙が止まりません。
交通事故で愛娘を亡くした、タレントの風見しんごさんの言葉が、胸に突き刺さります。
加害者に対して憎しみの言葉を口にしない。「娘はけんかが嫌いだったから」という気持ちから。
もし私が風見しんごさんの立場だったら、怒りと憎しみを加害者にぶつけていると思います。
愛する愛娘のことを思い、娘が喜ぶことだけを考えて行動している姿は、必死で深い悲しみを抑えている姿にも感じます。

ちゃんと青信号を渡っていて、交通事故に遭ってしまう。
子供には何の過ちもありません。100%運転手に被があります。
しかし亡くなった子供は帰ってはきません。

何故交通事故は亡くならないのでしょう。
私自身車を運転していて、本当に「危ない!!」と思う瞬間があります。
それは私の不注意の場合もあり、また相手の不注意の場合もあります。
人間ですから、見落とすこともあれば、勘違いすることもあります。

しかし最近気になるのは、携帯電話をかけながら運転している人が多いことです。
一昨年だったかな?
携帯電話を使用しながらの運転に、罰金が科せられるようになってからは、一時期は減りましたが、最近また増えてきている気がします。
携帯電話だけでなく、新聞や雑誌を読みながら運転しているような人も、時折見かけます。
車の運転って、注意していても何が起こるか分からないのですから、運転するときには運転だけに集中してほしいです。

そして車に限ったことだけでなく、最近気になるのが、自転車に乗りながら携帯のメールを見ている人。
ハッキリ言って怖いです。何で止まって見ないのでしょうか?
メールを読むことにも集中できないし、自転車の運転にも集中できないと思うのです。
絶対に人にぶつかったり、物にぶつかったりしているはずです。
携帯電話のマナーっていろいろありますが、これは完全にマナー違反です。

人は同時に二つのことに集中することは出来ません。
ましてや車や自転車を運転しながら、他のことに集中することは、危険行為です。
今回の交通事故の原因が何だったのか?それは分かりませんが、トラックは右折していて子供をひいています。
普通で考えれば、右側は最も視界が良いので、事故の起こる確率も低いハズです。
きっと何かに気を取られていたと思うのですが。

ちょっとした不注意から交通事故は発生します。
私もハンドルを握る人間ですから、そのことはしっかり考えて運転しないといけないと思っています。
ドライバーの皆さん、そして自転車に乗る皆さん。
運転しながらの携帯の利用、そして雑誌などの黙読は絶対にやめましょう。
何かが起きてからでは遅いのですから。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:14| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

成人式も新成人に

今日は「成人の日」だったのですね。
自分が成人してから、もう一回「成人の日」を迎える歳になると、そんな日があることすら忘れてしまいます(笑)
はるか遠〜〜〜〜〜〜〜〜い、昔の思い出です(大笑)

毎年この日は、成人式で新成人が暴れたり、問題を起こしてニュースになりますが、今年もやっぱりあったようですね。
情けないですね〜やることがまるで子供です。身体だけは大人になっていますが、心が全くの子供ですね。

成人式の必要性も問われていますが、私はやはり成人式自体は有った方がいいと思います。
私も実際そうでしたが、成人式を迎えて「あ〜大人の仲間入りしたんだなぁ〜」って思いました。
ただ成人式の中身については、もっと考える必要もあるでしょうね。
政治家がお祝いの言葉を話すだけでは、若者の心にはなかなか届かないでしょう。
よほど話し上手な政治家なら別ですが。

行政が成人式を企画するのでは無く、いっそのこと新成人に呼びかけて、企画そのものを新成人にやらせてみてはどうでしょうか。
自分たちの成人式を自分たちの手で作り上げる。
当然企画案を審査する必要はありますが、行政が考えるよりも、実際の当事者に考えさせる方が、面白いアイデアが出てくると思います。
それに「自分たちの手で成人式を成功させる」という、強い責任感と一体感が生まれてくると思います。

どこかの行政がやってくれないですかね。自分達の手で企画して行う成人式なら、その中で暴れたりすることは無いと思います。
きっと今までの成人式で暴れた者は、大人に対する妙な抵抗のような気がします。
大人が行う成人式で暴れることで、自分たちのメッセージを発しているつもりなのではないでしょうか。
しかし自分と同じ新成人が行う成人式なら、まず暴れる気がしないでしょう。

毎年「こんな新成人が・・・」と嘆くばかりではなく、「それなら自分たちでやってごらん」というくらいの気持ちでやらせてみてはどうしょうか。
一つのイベントを企画から運営までするのが、どれだけ大変でどれだけお金がかかることか、きっと分かると思います。

何はともあれ、新成人の皆様、成人おめでとうございます。
これからは大人の仲間入り、1人の大人として頑張って下さいね。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:21| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月05日

幸せの感じ方

昨日のテレビだったのですが、何気なく点けたテレビの番組。
嫁さんの仕事が遅くなってしまい、その分晩ご飯も遅くなってしまったわが家。
晩ご飯を食べ終わって、そのままテレビを何となく見ていました。
何やらドラマのようでしたが、本当に何となく見ていました。

最初は何のドラマなのか分かりませんでしたが、徐々に話しの内容で「誰かの少年時代の話しだな」と分かってきました。
主人公の少年は、漫才コンビB&Bの島田洋七さんでした。
少年時代は、母親と離れておばあちゃんと暮していた。物凄く貧乏だが、おばあちゃんの物凄く前向きな生き方に自分は育てられた。
そんな話しをテレビ番組で話していたのを思い出しました。またおばあちゃんとの暮らしを、本として出版していたのも思い出しました。

途中から見たので最初の話しは分かりませんでしたが、お母さんと離れておばあちゃんと二人で暮らし、寂しくても前向きに生きる姿が、とても感動的でした。
仕事が忙しくてなかなか息子に会いに来ることが出来ないお母さん。
学校の行事があるたびに、「今度は行くからね」と手紙を書くのですが、やはり仕事の都合で来ることが出来ない。
そんな中でも少年はおばあちゃんや、学校の先生、友達に囲まれてまっすぐに育っていきます。

学校の成績が悪くても全く気にしないおばあちゃん。
「人生には二つの教科書がある。一つは学校での教科書。もう一つは社会に出てからの教科書。」
「最初の教科書がいくら出来ても、後の教科書が出来なかったらダメだ。」
こんな感じの内容のことを話していた記憶があります。
これって現代社会を予感していたような言葉ですよね。
いくら学歴があっても成績が良くても、社会に出て適応能力が無ければ何の意味も持ちません。
最近そんな人が増えている気がします。

お金が無くても、物に恵まれていなくても、人の心の温もり優しさが分かる人間。
それがこのドラマに出てくる人々だったと思います。
本当の幸せとは何か、家族とは何かを教えてくれた気がします。
私達は幸せなハズなのに、誰もが皆幸せを感じていないのではないでしょうか。
家族が同じ屋根の下で暮せて、三食しっかり食べることができ、暖かい布団で寝ることができます。
このことが幸せな事だと思います。これを当たり前だと思うと、幸せはどんどん遠のいて行くのではないでしょうか。
今年一年、幸せな一年であるように、このことをしっかり胸に刻んでいきたいです。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:44| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

今年の漢字は命

毎年行われている1年の世相を表す「今年の漢字」に「命」が選ばれましたね。
秋篠宮ご夫妻に悠仁さまが誕生されるという、明るいニュースでの「命」と、最近のいじめ問題から相次いだ自殺問題での「命」と、両方の意味を含んだ今年の漢字ですね。
命を大切に思うという意味でも、とてもいい漢字が選ばれたと思います。

しかし最近のいじめによる自殺問題は、正直報道の行き過ぎのような気がしています。
学校でのいじめが原因で自殺をしたことを、大々的なニュースとして取扱い、学校や先生の対応をとこと批判するマスコミ。
確かに学校側や先生側にも落ち度はあったかも知れませんが、どうも全ての責任が学校や先生にあるような報道の仕方に、とても疑問を感じてしまいます。

いじめって何も学校の中だけじゃないですよね。大人の世界にだっていじめは沢山あるんですから。
いじめを無くすことにばかり気をとられずに、いじめがあった場合にどう対応するのか、どうやっていじめられた子供の気持ちを助けてあげるのかを考えることが大事だと思います。
そしていじめにあってもへこたれない、強い心の持ち主になることが大切ですね。
いじめは無い方がいいのですが、多かれ少なかれ人間社会の中でいじめは出てくると思います。

そもそも人間って皆、心が弱いんだと思います。
特に子供の場合は成長過程において、心の弱さを隠そうとして、自分よりも立場の弱い人間を攻撃することが多々あります。
いじめをする人間っていうのは、特に心が弱い人間なんだと思います。
自分に自信がないから、自分よりも立場の弱い人間を捕まえて、自分の優位性を確かめたいのでしょう。
そうすることで自分に自信をつけたいんだと思います。

「自分はどうなんだろうか?」つぶやいていて、ふと思いました。
決して心の強い人間ではないので、どこかで誰かに攻撃をしていないだろうか?
う〜ん、でも自分よりも立場の弱い人間って・・・・・・・・・・・・いないか(爆)

冗談はおいといて、自分自身を振返ってみて、日頃の行いを改めないといけませんね。
命は大切なもの。誰でも知っているあたりまえの事です。
しかし、その命を自ら立ち切ってしまう子供たち。
報道で自殺を大きく取り上げれば、それに比例してさらに自殺者は増えます。
話題性だけの報道ではなくて、社会への影響も十分に考慮して報道してほしいものです。

命。とても重くて素晴らしい漢字です。
与えられた命を大切に、自分の人生を精いっぱい歩んでいきましょう。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:58| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月08日

豊作貧乏

普通に考えれば豊作であれば嬉しいことのように思えるのですが・・・・。
今年は豊作のために野菜の値段が下がり、値崩れ寸前らしいです。
特にキャベツや大根・ピーマン・白菜などが豊作で、出荷すればするほど赤字になるといくことで、せっかく出来た野菜を廃棄しているらしい。

テレビでもキャベツ畑をトラクターで走る映像が写っていましたが、踏みつぶされていくキャベツと後に残った無残な姿のキャベツを見ると、何とも痛ましく見えて仕方ありませんでした。
何も廃棄しなくても・・・・・と思うのですが、廃棄すると補助金みたいなのが出るらしいのです。
野菜の販売価格よりも出荷するコストの方が高くつくと農家としては赤字になるので、それなら廃棄して補助金を貰った方が得という考え方らしい。

気持ち分からないでもないですけどね。
出荷すればするだけ赤字になれば、当然出荷しない方がいいと誰もが判断すると思います。
でも・・・・廃棄する以外に方法は無いのでしょうか?
テレビでも「保存できないのか?」「加工品にできないのか?」「貧しい国に寄付できないか?」等、調べてみたようですが、保存は2週間程度しか出来ず、その間にどんどん野菜は出来てくるので不可。
加工品は海外からの輸入品ですでに飽和状態。寄付は行った実績はあるが大量に送ると貰った方も対処に困るらしい。

本当に難しい問題ですね。でも・・・・・やはり廃棄するのは良くないと思います。
せっかく自然の恵みで出来てきた野菜を、単なるゴミとして扱うなんて。
廃棄するのに補助金を出すのなら、値崩れして出荷した赤字補填のために出して欲しいです。
消費者としては野菜が安いのは本当に嬉しいことなのですから。

日本の技術力を使えば、野菜を加工して長期冷凍保存にすることも可能なのでは無いでしょうか?
豊作の時もあれば不作の時もあるんです。不作の時に備えて保存できるシステムを考えてほしいですね。
「食べ物を粗末にするな!!」っていつも子供に注意していますが、こんな映像を子供たちが見たら「食べ物を粗末にしているには大人じゃないか!!」って言われても仕方がありません。
自然の恵みを大事にする心を、大人が、そして国が持たなければいけませんね。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:12| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

女性としての幸せって?

今日嫁さんと話していて話題になったことがある。
それは女性としての幸せ
何も嫁さんが幸せでないと言っているわけではありませんよ(^^;)
いや、幸せだとも言ってないですけどね(笑)

わが家は現状に感謝しつつ、毎日を過ごしています。
嫁さんの口癖は「お金持ちになったら○○買って!!」です。
私だってリッチになったら欲しい物はいっぱいあります。
そんなことを笑いながら話し合えるのが幸せなのだと思います。

それで話題の女性としての幸せですが、最近結婚はしたくないけど子供は欲しいと言う女性が増えているらしいのです。
女性として子供を産める身体でありながら、子供を産まないのは女性としては不幸だと考えているのでしょうね。
私は男性ですから何とも言えませんが、私の嫁さんは首をかしげていました。

確かに子供を産める身体なのだから子供を産みたいという気持ちは分かります。
でも、結婚はしたくないというのは???ですよね。
子供というのは父親と母親のDNAを受け継いで、1人の人間として生まれてきます。
いくら女性1人が頑張ったって妊娠はしません。やはり精子が必要なのです。
本来は結婚をして互いに愛し合い、その結果として可愛い赤ちゃんが授かります。
だからこそ我が子が愛おしくて、時に悩み時に怒りながらも、父として母として子育てに励みます。

結婚はしないで子供だけ産みたいという場合。
愛し合った人がいて何かの事情で結婚ができない場合は別かも知れませんが、単に子供だけ欲しいという場合は、子育てのことまで考えているのでしょうか?
単に子供を産むことだけが女性としての幸せだとすれば、その後の子育てはどうなるのでしょう。
夫婦揃っていても子育ては大変です。子供の成長とともに環境も激変し、親としては常に悩みながらの子育てです。

それと子供にとっての父親の存在というのも気になるところです。
一般的には家庭の中に、お父さんがいてお母さんがいて、そして自分(子供)が存在します。
物心ついた時からお父さんがいなかったら。子供は「どうして家にはお父さんがいないの?」って、絶対に聞いてくると思います。
事情があって結婚出来なかった場合、または結婚後不幸にも亡くなられた場合は説明できますが、どう答えたらいいのでしょう。

子供を産みたいという気持ちは分かりますが、産んだ後の子育てはどう考えるのでしょうか?
そして子供の気持ちをどう考えるのでしょうか。
子供を産むということは、家族ができるということです。
そして未来に生命を繋いでいくという使命を担うことです。
子供を産んだらその子供を1人の人間として成長させなくてはいけません。
身体だけ大きくなれば良いというものでもなく、心が成長しなければ意味がありません。
それを最初から1人でやらなくてはいけないのです。
本当に大変なことです。だから夫婦が手を取り合って、時には自分の親に助けてもらい、時にはご近所さんや友人に助けられて、何とか子育てするのです。

子供を産むことが出来ない私が、いくら思っても意味のないことかも知れませんが、そんな話しをしていてちょっと寂しくなりました。
子供を産めることは、女性としての幸せかも知れませんが、それと同時に生まれてくる子供の幸せも考えてあげなくてはいけません。
世の中、男がいて女がいて、それで成り立っているんです。
是非、生涯のパートナーを見つけて、結婚そして妊娠・出産で本当の女性としての幸せを見つけて欲しいです。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:45| 奈良 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

赤ちゃんを物みたいに扱うな

赤ちゃんポスト」
ネットニュースの見出しを見て「なんだ?」と思い、覗いてみてビックリしました。
熊本の病院で、事情があって親が育てられない新生児を受け入れるために、赤ちゃんを受け入れるシステムを導入するらしいのです。

病院の窓を外部から開けられるようにした箱型の「ポスト」で、内部は保育器と同じ状態に保たれ、新生児が入れられるとナースステーションで警報が鳴る仕組みらしい。
これだけ見ると、いいことのように感じますが、誰が置いていったのかも分からないので、捨て子を助長することにもなりかねません。

病院側としては「あくまでも緊急措置で、捨ててもらうのが目的ではない。新生児の産み捨てや、不幸な中絶を少しでも減らしたい」と説明しているようですが、捨てやすくなるのは事実でしょうね。
子供を産んでも育てられない親がいるのは事実で、そのことにより捨てられ死亡したり、虐待を受けてしまう子供がいるのも事実です。
そんな幼い命を救うことができるという意味では、確かに効果的かも知れません。

産まれた子供の命を救うことにもなりますが、捨てた親には何も責任が無いのでしょうか。
誰が捨てたかも分からないのであれば、気軽に捨てる親が増える可能性は十分にあります。
誰だって子育ては不安だし、「自分に育てられるのか」と言う思いがあったり、苦悩はあるはずです。
でも捨てるのなら最初から産まないでほしいです。中絶は命を親の都合で勝手に奪う悲しい行為ですが、産まれた子供を捨てることは、もっと悲しい行為だと思います。

生まれてきた幼い子供の命を救うことは確かに大切です。
でもそのことで、「子供を産んでもいざとなれば捨てれる」なんて思いの親が増えるかも知れません。
私にとっては産まれた子供を捨てること自体が信じられないのですが、捨てることによって親が何も責められないのは納得がいきません。
せめて誰が捨てた子供なのか、それくらいは把握できるようにしてほしいです。
子供が育てられないのなら、ちゃんと名乗って誰かに育ててもらうべきです。
それくらいの責任は果たさないといけないと思います。

幼い赤ちゃんの命を救うことと同時に、捨てる親に対してきちんとお灸を据えることができるシステムにしてほしいものです。
しかし一番は子供を捨てるような親は、子供を産んではいけないってことだと思います。
可愛い我が子を捨てるなんて、私には信じられません。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:58| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

心苦しいニュース

辛いニュースが流れていました。
朝から目にした映像は、自殺した生徒の家に事情説明に向かった学校関係者でした。
福岡で起きた中学2年男児の自殺事件。
こともあろうに、いじめを阻止する側でなくてなならない、先生の言葉でいじめが広がったらしい。

この教師のやったことは、決して許されることではありません。
そのことにより、どれだけ生徒が傷ついたのか、そしてそのことによっていじめられたのか。
その事を考えると、この教師の罪はとても重いと思います。

しかし、今日のテレビの映像を見ていて、ちょっと異様な雰囲気を感じていました。
両親に責め立てられて、祭壇の前で肩を落としている教師。
可愛い我が子をいじめによって失ってしまった、両親の気持ちは痛いほど解ります。
でも、この場面をテレビで全国に流すのは、本当に必要なことなんでしょうか?

確かにこの教師には、責任があります。でも、いじめをしていたのは生徒達です。
もちろん生徒達にも責任があるはずです。しかし映像を見ていると、この教師が全て悪くて、今回の自殺の原因はすべてこの教師にあるようなイメージに伝わってきます。
事実を報道するのが報道の仕事をしている人たちの役目だと思いますが、これは報道しなくてはいけなかったのでしょうか?疑問に思います。

報道の怖いところは、一部分だけをみせることで、いかにもその人が極悪人にみせることができることです。
日頃は紳士に振る舞っている人が、たった一度だけカメラの前で暴言を吐いたとしたら。
いつもは穏やかなのに、この日だけ虫の居所が悪く、体調も悪くイライラしていたとしたら。
しかしその映像を何度も何度も流すと、この人の印象はとても悪いものになってしまいます。

今回の教師の件も、何もカメラの前で行う必要はなかったのではないでしょうか。
何かカメラの前に去らし出すことで、悪役作りをしている感じがして、あまりいい気がしませんでした。
確かにこの教師は悪いです。しかし、全てこの教師が悪いのではなく、いろんな要素や人がからんできて、今回の最悪の事態になったハズです。

亡くなった少年はもう帰ってきません。両親の胸の張り裂けそうな心の痛みも、本当によく解ります。
でも、この教師1人を悪役にしても、何も解決はしないと思います。
他にも生徒に暴言を吐く教師はきっといるだろうし、教師でなくても平気で人を罵倒する人は、世の中に沢山います。
1人で傷ついて死を選んでほしくなかったです。なぜ親に相談しなかったのでしょう。なぜ親は気づいてあげられなかったのでしょう?

学校は、私達親は、本当に子供のことに真剣になっているのでしょうか?
本当に真剣になっているとしたら、この子は救うことができたのではないでしょうか?
そんな気がしてなりません。例え学校でいじめられたとしても、親が気づいて子供と一緒に戦えば、子供は立ち直るかも知れません。
もちろんいじめは絶対にいけないことです。でも、起きた場合には最後の味方はやっぱり親です。

今回の事件で、ますます学校と親の間に溝が出来た気がします。
でも本当はその溝を埋める努力を、双方がしなくてはなりません。
開いたその溝に子供たちは落ちていき、今回のような最悪の結果を招くのです。
教師1人を責め立てて、責任をとらせて終わりにするのでは無く、それぞれが考えて改善をしていかなければ、何も変わらないと思います。
最後になりましたが、亡くなった少年のご冥福をお祈り致します。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:32| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月09日

最後のカード

晴れ晴れの秋空の元、とっても嫌なニュースが世界中を駆け巡りましたね。
北朝鮮による核実験。「やるぞ」と宣言して、数日しか経たずに強行実施したような形です。
7月にはミサイル発射で、日本を始め近隣諸国から一切避難を浴びたにも関わらず、今回の核実験。
どうしてこの国はこのような外交手段しかできないのでしょうか。
ついに最後のカードをきってしまいました。

核実験するような暇と金があるのなら、困っている自国民を救うことを考えてほしいものです。
今回の核実験で、さらに経済援助が遠ざかり苦しくなるのは北朝鮮である。ということは一番解っているはずです。
拉致問題にしても先のミサイル発射問題にしても、やはりこの国は国として成り立っていない気がします。
国際社会の中に自国があるのではなくて、自国が一番でそれを国際社会が取り巻いていると考えているのではないでしょうか。

今回の核実験では、今まで北朝鮮に理解を示していた中国とロシアも厳しく批判しています。
そして比較的柔軟な対応を見せていた韓国も、厳しい態度をとるようになりました。
もちろんアメリカ、そして我が国日本もさらに厳しい経済制裁を行うことでしょう。

本来なら6カ国会議にてさまざまな問題を、平和的に解決していくべきなのに、その席に着かず、他国のせいにしてミサイルを発射したり、核実験を行ったりする。
自分の首を自分で絞めているのですが、さも、アメリカや日本が悪いような発言を繰り返しています。
今回の核実験で、完全に孤立化してしまった北朝鮮。追いつめられれば追いつめられるほど、どんどん破壊的思想になっているようで、とても嫌な気分です。
独裁者国家ですから、1人の人間の言うことが全て正しい世の中です。間違っていることも誰も止めることは出来ません。
なるべく平和的に解決して欲しいと望むのですが・・・・。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:08| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

私も親として

最近学校絡みの記事をよく見かけます。
私の息子が小学生になったので、余計気になって目にするのかもしれませんが、それでも目立ってきているように感じます。
以前もここで同じようなことをつぶやきましたが、学校に対して無茶を言う親が増えているようです。

そしてまたビックリした記事が・・・・。
給食費を払わない親が増えているらしいのです。払えない・・・ではなくて、払わないです。
生活が苦しくて給食費を払えなかったり、滞納していたりと言うのは、昔はあったことだと思いますが、最近はとても悪質なようです。

高級車を乗り回し、明らかに裕福な暮らしをしているにも関わらず、給食費を払わない親。
生活が苦しいからと援助を受けながら、しかも給食費分の援助を受けながらも、給食費を払わない親もいるそうです。
ビックリしましたね。給食費を払わないって・・・・それを子供が知ったらどう思うのでしょうか。
私がもし子供だったら、給食を食い逃げしている気がして、とても心苦しくなると思うのですが。
でもそんな親だから、子供にもそんな教育をしているのかも知れません。

テレビでは小学生の学校内暴力がエスカレートしているということで、問題視していました。
教師に向かって彫刻刀を投げつけたり、画鋲を投げたりする子供が、全国的に増えているということでした。
一体どうなっとるんでしょうか?そんな子供は体罰でもなんでも受けさせないとダメです。
「体罰」と聞いただけで、目くじら立てて学校に殴り込む親も多いでしょう。だから子供が先生を、学校をなめてかかるんです。
そして大人をなめてかかり、そのまま社会に出て自分の思うようにいかないと、キレて他人を平気で傷つけるんです。

全て親の責任だと私は思います。
自分の子供です。給食費を払って子供に給食を食べさせるのは、親としての義務です。
学校が食べさせているのではありません。
もし「給食費を払っていないから」という理由で、周りはみな楽しく給食食べている中で、自分の子供だけ何も食べられなかったら・・・・想像しただけで私は胸が苦しくなります。
実際にこんなことしたら、また苦情が出るでしょうが、それくらいのことしないと真面目に給食費を払っている親達は怒りがおさまらないと思います。
皆、決して楽ではない生活の中で、頑張りながら子供を育てているんです。子供に給食を食べさせるのも親としては当たり前で、その給食費を払うのも当たり前のことです。
自分が食べれなくても、子供には食べさせたいって思うのが親でしょう。

学校内の暴力だって親の責任です。
親が学校や先生を、自分より下の目線で見てものを言うから、子供も同じ目線になるんです。
親が先生を慕い敬い学校を信頼していれば、子供だって先生をなめてかかることはありません。
確かに学校側に問題があることもあるでしょう。しかし、先生だって人間です。全て完ぺきにこなす人間なんていません。
親と先生、親と学校も結局は人間関係で構築されます。
自分の子供を受け入れる学校、その中の先生方、そして担任の先生。最初から疑いの目で子供を預けたら信頼関係なんて生まれません。
まずは信頼して預け、その中で起きるさまざまな問題を、親と先生が協力して解決していかなくてはならないのです。
それが子供たちにとって一番大切なことだと思います。

私も親となって、息子が小学校に通うようになって、改めて教育とは何か、子育てとは何か考えるようになりました。
私自身解らないことだらけで、不安の毎日で生活しています。でもそれが大切なことだと思います。
子供のことを思うからこそ、「これでいいのだろうか?」「もっと何か必要だろうか?」など、自問自答しながら子供と成長していけるのだと思います。
国も教育問題を重要視しているようですが、その前に親のモラル改善が大前提だと思います。
私も親の一人として、大いに反省し、これから頑張りたいと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:41| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

すごい反響です

二日続けて同じ内容のものをつぶやくのもどうか?と思いましたが、あえてつぶやこう。
先日つぶやいた後に、ホームページ書き込みして、改めて私と同じ思いの人が大勢いることを知りました。
凄い数の書き込みです。皆さん本当に「まんが日本昔ばなし」が好きで、本当に終わってほしくないと心から切望しています。

なぜ番組が終了してしまったのか?皆疑問に思っています。
そして、「まんが日本昔ばなし」が現代の社会に、そして子供たちに必要なことも、大勢の人が訴えています。
私も個人的に、青少年の犯罪が増加しているのは、「まんが日本昔ばなし」を見れなかった子供が多かったからではないか?とさえ思っています。
それくらいこの番組で、道徳的なことを学んできた気がします。

今の世の中、正直者がバカを見て、ずる賢い人間がお金を儲けて世の中を動かしている。
そしてそれを勝ち組と呼び、絶賛してそんな人間に憧れる若者が増えています。
何もお金儲けするのが悪いと言っている訳ではありません。
お金は必要ですし大切なものです。私だってお金は欲しいです。
でもお金よりももっと大事なものを、今の世の中は捨ててきたような気がします。
自分の夢に向かって努力すること、なりたい自分に向かって頑張ること。
それはお金持ちになりたいというのではなく、この仕事で活躍したいという思いです。
お金はその活躍の後に結果的についてくるものです。

日本人の本来持っていた勤勉さ、自然を愛する心、人を敬う気持ち、神や仏を崇拝する信仰心。
そんな大切なものが、今の世の中は全てお金のために、隅っこに追いやられている気がします。
お金さえあれば、何でも買える、何でも手に入る。そんな感覚の人が増えてしまったのでしょう。
確かにお金さえあれば、何でも手にすることができます。でもそれは単なる物欲です。
そして大金をはたいて手にした時、もうそれは欲しい物では無くなります。
さらに次なる物へと興味は移り次から次へと物欲は繰り返します。

物を大切に使う、全ての物を使い切る。もったいないの精神が日本人にはありました。
でも、すでにこのもったいない精神は崩壊していると思います。
食べ物に関しても同じことです。平気で食べ物を残す子供たち。嫌いな物は食べない子供たち。
食べると言う行為は、他の動植物の命の犠牲の上に成り立つ行為だということすら、理解することが出来なくなっています。

まんが日本昔ばなしでは、物を大切にしないと、その物がお化けになって現れたり、食べ物を食べるために、猟をして動物を捕獲したりします。
これって物凄く単純ですが、本当に大切なことで必要なことだと思います。
この当たり前で単純なことが、現代社会では解らなくなっているのだと思います。
番組のホームページには、物凄い数の書き込みがあります。そして今現在も増え続けていると思います。
この反響をテレビ局はどうみているのか。本当に大切なものを自分たちで打ち切ってしまったことを、どう解釈するのか、そしてどう解決していくのか。
じっくり見守りたいと思います。そして必ず再開することを願いながら、待ち続けたいと思います。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:47| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

やめないでほしい

ネットニュースで初めて知った。
一年ほど前に放送再開を喜んで、このつぶやきでも書いたのを記憶しています。
それなのに・・・・・終わってしまったなんて(T_T)

毎週水曜日の18:55から放送していた「まんが日本昔ばなし」が、先日の放送をもって終了したらしいのです。
ここ2〜3週間はタイミング悪く、放送を見逃してしまっていたため、終了することを全く知りませんでした。
先週はちょうど紀子様男児ご出産の特番で、放送無かったし・・・・。

何ともショックです。なんで終わってしまったのだろう?
この「まんが日本昔ばなし」は、終わらせてしまってはいけない番組のような気がするのです。
私の息子も大好きで、いつも見ていました。
息子に番組が終わったことを告げると、息子もショックだったようです。

視聴率がとれなかったから終了したのか、それとも他に理由があったのか?
どちらにしても終わらせる必要性があったのだと思います。
でも、現代社会において、そして子供たちのためにも、この番組は続けてほしいです。
子供に絵本を読み聞かせることの大切さが見直されているように、この番組は子供にとってとても重要な役割を果たしていると思います。

昔は家の中におじいちゃん・おばあちゃんがいて、昔の話や村にまつわる伝説などを、小さな子供に話して聞かせていたと思います。
しかし近代化社会では核家族が進み、子供に昔話や伝説を話して聞かせる大人は、皆無になったと思います。
私も実際、子供の頃はこの「まんが日本昔ばなし」を見て、怖い話はドキドキしていたのを覚えています。

まんが日本昔ばなしに出てくる、神様や仏様、そして怖い存在として出てくる鬼や妖怪のようなもの。
現代社会では誰も信じない存在のものばかりですが、子供の頃にその存在を教えてあげることは必要だと思います。
悪いことをすると、神様や仏様が見ていてバチが当たるとか、悪い鬼達を退治する正義感とか、道徳の基本的な部分だと思います。

実際に目に見えない存在ではありますが、心の中に存在するものとして、子供たちに伝えていかなくてはいけないと思うのです。
人間は自分勝手でわがままな生き物です。だからこそ「神や仏」という目に見えない存在を信じ、謙虚な心を保とうとしているのではないでしょうか。
神や仏を敬わない、鬼や妖怪などの存在を恐れない、そんな何も恐れない子供たちがそのまま大人になったら・・・・。

先日の番組終了と同時に沢山の「やめないでほしい」という声が寄せられているようです。
やはり私と同じように感じている人がいるのでしょうね。
私も番組のホームページで、自分の気持ちを伝えたいと思います。
視聴率の取れる番組も必要でしょうが、視聴者の必要とする番組を続けていくことの方が、もっと大切だと思います。

※番組ホームページに「おたよりコーナー」として、感想などを書き込むことができます。
私も書き込みたいと思います。これをご覧になった方で共感される方、是非書き込みお願いします。
http://mbs.jp/mukashi/index2.html
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:26| 奈良 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

あのテロから5年

もう5年になるんですね。
テレビで観ていた衝撃の映像。黒煙をあげる国際貿易センターのビルが、今も鮮明に脳裏に焼き付いています。
ちょうど夜中の出来事で、「一体何が起きたのか?」と我が目を疑ったものでした。

当初はテロということがよく理解できず、飛行機がぶつかった事故なのかと思っていました。
そしてテロということが理解でき、崩れ落ちていくビルの映像を見た時、これからこの世界はどうなるのだろうと、何とも言えない恐怖と不安が全身を覆いました。

あれから丸5年。テロとの戦いと言う名目で、アフガン戦争、イラク戦争と続きました。
その結果、テロは無くなったのか?
未だにテロは続き、何の罪も無い人々が犠牲になっています。

暴力で物事を解決しようとする行為は、憎悪の種を蒔き憎しみの花を咲かせます。
憎しみの花は、やがて暴力と言う実になり、武力で物事を解決しようとします。
その結果、暴力を受けた人々の心には、また憎悪の種が蒔かれてしまいます。
この悪循環が続く限り、テロ行為はなくならないでしょう。
テロ行為が正しい意思表示だと正当化することは、身勝手な解釈以外の何者でもないと思います。
しかし、そのテロ行為に対して単に武力でぶつかるだけでは、何も解決策は見いだせません。

武力で押し付けられた人々の心には、絶対に憎悪の種が芽生えます。
根本的な部分から、人の心の部分から解決していかなくては、悪のリサイクルの繰り返しだと思います。
しかしこの根本的な部分自体が、非常に難しいのでしょうね。
宗教的、民俗的な要素を含んでいるような感じで、本当に根が深いのだと思います。

ただ、この悪のリサイクルを繰り返していくと、本当に人類は滅亡の道をたどる気がしてなりません。
地球上に存在する人間、言葉や肌の色、習慣はそれぞれに異なりますが、皆同じ人間です。
皆、神から知恵を授けて頂いた人間なんです。その知恵を使って、同じ人間を殺すことを平気で行っているのですから、神から見たら本当に情けないのではないでしょうか。

我々も日常の生活の中で、他人の行いや言動に対して、立腹したり絶望したり嘆き悲しむこともあります。
でも、そのことでその人を憎み同様のことを、その人や他人に対して行うと、自分自身の心がどんどん汚れていきます。
心が汚れてくると物事の判断がつかなくなり、平気で人の心を傷つけそのことに気付かなくなっていく気がします。

私達の日常と、世界規模のテロとでは規模が異なるとは思いますが、根本的な部分は似たようなものではないでしょうか。
自分たちの民族・自分たちの信仰だけが正しくて、他のものは間違っている。という考え方自体が変わらなければ、何も変わることはないでしょう。
とても難しい問題だとは思いますが、ここは世界が手を取り合って進んでいかなくては、人類の未来も危ない気がします。

同時多発テロから5年。
世界の平和を、自分なりに考えていきたいと思います。
皆が手を取り合って生きていく、地球上のどこでも争いが起きていない、そんな日が来ることを願いつつ。
posted by island(ふくはらしゅんじ) at 23:17| 奈良 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする