気がつけば3月の19日です。
息子の学校は本日
卒業式でした。
もうそんな時期なんですね。
息子も今度は3年生です。
つい最近、不安と期待の中、入学したと思っていたのに・・・・。
そしてあっという間に息子も
卒業するのでしょうね。
その時は
夫婦揃って卒業式にいくことになると思うけど、きっと感無量で目頭が熱くなるだろうな(^^;)
最近涙腺が緩くて、涙もろくなってきています。
特に家族愛や
子供のこととなると、自分のことに置き換えて思えるのか、どうしても涙もろいです。
先日も天理教の後継者講習会で、
講師の先生の話を聞いた時に、お子さんの話しで感動して涙してしまいました。
その時の話を、私が記憶している範囲でご紹介します。
講師の先生は天理教の教会長をしています。
女の子が4人いて上の二人と、下の二人と歳が開いていて、長女・次女が、そして三女・四女が自然と仲良くなる構図のようです。
母の日を翌日に迎えたある日のこと。
上の娘二人が
お小遣いを出し合って、お母さんに
プレゼントを用意していたそうです。
そこへ三女がやってきて
三女:「お姉ちゃん達、何しているの?」
長女:「お母さんへ母の日のプレゼント用意しているの」
三女:「わぁ〜い、私も仲間に入れて〜」
長女:「○○はお小遣い出していないからダメ」
講師の先生は「長女もケチですね〜(笑)でも三女も負けてはいません」と話を続け
三女:「いいもんお婆ちゃんに頼むもん」
お婆ちゃんの所へ行き
三女:「お婆ちゃん、明日って何の日か知ってる?お母さんを喜ばす日だよ」
「お母さんにプレゼント買ってくるの。だからね〜お婆ちゃんお金頂戴。」
こうして三女はお婆ちゃんから500円もらって、小さな四女の手を引いて、近所の花屋さんに向かったそうです。
もちろんお母さんに見つかっては行けないので、誰にも分からないように、内緒で二人で出かけたのです。
初めてのお遣いの様に、小さな女の子が二人で500円を握りしめ、花屋さんで
カーネーションを1本買って帰って来ました。
ところがその日は、夕方になって突然バケツをひっくり返したような大雨が降りました。
大雨に濡れながら、小さい娘二人は必死でお家を目指します。
しかし追い討ちをかけるように、雷が響き渡り、さすがに四女が怖くなって動けなくなったようなのです。
その時、教会では突然の雷雨に、慌てて窓を閉めていました。
そしてふと、三女と四女がいないことにお母さんが気づきます。
家中探してもいません。もちろん二人が花屋さんに行ったことは誰も知りません。
そうこうしている内に、日もどっぷりと暮れてしまいました。
行き帰りの道中は畑の広がるのどかな道のり。
その畑の中で、二人は雷雨の中、怖さで立ちすくんで泣いていたようです。
何とか頑張って、ようやく家まで戻ってきた二人。
心配していたお母さんは、無事戻ってきたずぶぬれの二人を見て「こんな時間までどこほっつき歩いていたの!!」と、雷を
落としたのです。
ほっとした安堵の気持ちの後に、つい怒りが込み上げてきたのでしょうね。
びしょぬれの服を脱がせますが、三女は片手を服に突っ込んだまま、絶対に脱ごうとしません。
服の中には・・・そうです、カーネーションが入っているのです。
激しい雷雨の中も、カーネーションだけは濡らさないように、ずっと片手を服に入れたままだったようです。
お母さんを喜ばせようと、内緒で買ってきたカーネーション。ここで見つかる訳にはいかないのです。
しかしお母さんは「強情な子だね!!」と、三女の服を力づくでひっぺ剥がしてしまいます。
最後まで抵抗していた三女の腕から、無残にもカーネーションが中に舞い、首がポキッと折れて床に落ちてしまいました。
それを見て、お母さんはようやく事情を把握します。
自分のために小さな娘二人が、カーネーションを買いに出かけ、この雷雨の中、濡らさないように必死で守って帰ってきたのです。
お母さんは二人の健気な姿に、涙せずにはいられませんでした。
折れたカーネーションは、首の部分をセロテープで繋ぎ、母の日のプレゼントとして大役を果たしました。
お母さんにとっては何にも変え難い、ステキなプレゼントになったのです。
この一部始終を見てきた教会長は、娘二人に「お母さんとっても喜んでいたよ」と話しました。
すると娘二人は「本当!?やった〜嬉しい〜」と大喜びしたそうです。
お母さんに喜んでもらおうと、頑張った二人ですが、結果自分たちが喜べることになったのです。
人を喜ばせたいという気持ちは、自ずと自分を喜ばせることになるのです。
この話で、目頭が熱くなり、目に涙を溜めながら聞いていました。
周りも
ハンカチやティッシュで、涙を拭く受講者が沢山いました。
幼い頃は誰しも、お父さん・お母さんが喜んでくれることが嬉しくて、お手伝いをしたりした事だと思います。
大人となった今、親となった今、私は人を喜ばせる行いをどれだけできているのだろう?
喜べない日々を過ごしているのではないか?そう反省したのでした。
電車でお年寄りに席を譲る。道端のゴミを拾う。そんな些細な事でも、勇気を出して行動することで、人に喜んで頂き、その喜ぶ姿を見て自分も喜べるのですね。
喜べない事も沢山ある日常生活です。
でも、自分が喜ばされるのでは無く、喜んで頂いて自分も喜べる、そんな人間に慣れるよう前を向いて歩きたいですね。